廃館問題に関わる迷惑行為について

★十和田歴史文化研究会の『歴史フォーラム』(2018年6月創刊号)をめぐる、同会と自称“新渡戸十次郎五代目”“新渡戸十次郎嫡孫”三井偉代氏による迷惑行為にご注意ください

2018年6月、NPO法人十和田歴史文化研究会(理事長 小笠原カオル氏)が出版した書籍『歴史フォーラム』に関して、次のような問題が発生し、新渡戸記念館および十和田市民が大変迷惑をしております。

【1】『歴史フォーラム』創刊号(2018年6月発行)に、三井偉代氏原稿「未来に向けての新しい出発」の掲載を強行した問題について

『歴史フォーラム』(2018年6月十和田歴史文化研究会出版)に、“新渡戸十次郎五代目”を名乗る三井偉代氏が、「未来に向けての新しい出発」と題し、十和田新渡戸家および新渡戸記念館の継承の正当性を疑わせるような間違った内容の原稿を、事実確認をしないまま発表されました。

問題となる箇所は大きく2つあり、新渡戸文庫(記念館)の公益財団法人化に関する内容と、十和田新渡戸家の先祖に関わる記述でした。出版前の原稿については、『歴史フォーラム』の元編集委員2名が「内容に偏りがある」と、十和田歴史文化研究会側に指摘し、編集に関われないということで編集委員を辞退されています。その編集委員の方から新渡戸記念館に問題点の確認、照会があり、記念館でもこの件を把握する事となりました。

編集委員の方には新渡戸記念館の系図資料、新渡戸文庫の設立継承に関する資料等をお見せしましたが、三井氏原稿の内容と比較分析した結果、三井氏原稿は原本資料にもあたっておらず一方的で、著しい事実誤認があり、「研究誌」と名乗るものに掲載すべきではないとの見解を示しています。

この件について編集責任者である、同会小笠原カオル理事長は、新渡戸家個人の戸籍や系図というプライバシーに関わるテーマであるにも関わらず「内容が著しく間違っている」と指摘を受けながら、あえて内容の確認をせず原稿の掲載を強行しました。それには新渡戸家個人を傷つける意図があることも小笠原氏は認めました。「新渡戸記念館の指定管理をとりたい」とも周囲に公言していたそうですので、出版の強行は何らかの意図を持った行為と思います。同会には、この様な迷惑行為を止め、事実関係を確認してしかるべく対応することを文書でお願いしていますが、今もって対応いただいておりません。

また、十和田新渡戸家では、三井偉代氏本人に、手紙及び電話で記述内容について確認し、事実と異なる旨を伝えました。ご自身の目で原本資料を確認していただきたいと話しましたが、聞き入れられず、資料の確認もしないまま『歴史フォーラム』創刊号の出版となりました。出版後も事実誤認の件を手紙で伝え、資料をご覧に入れる用意をし、来館の上確認いただく日程も決めていましたが、いまだ来館されず、確認することなく現在に至っています。また、書かれた内容の根拠についてお聞きしたところ、全く原資料には当たっておらず、事実関係を確認しないまま書いていたことをご本人が認められました。

【2】三井偉代氏が“新渡戸十次郎5代目”“十次郎嫡孫”を名乗る問題について

『歴史フォーラム』創刊号において、三井氏は、「新渡戸十次郎5代目 三井偉代Hideyo Nitobe」を名乗られていますが、系図上の事実として「新渡戸十次郎5代目」という方は存在しません。十次郎は嫡子ではありましたが、部屋住みのまま父・傳より早逝し、家督も家名も継ぐことはありませんでした。そのため、傳の跡を継いだのは十次郎の嫡子・七郎であり、十次郎は戸主となったことはありませんでした。三井氏は“新渡戸十次郎嫡孫”とも最近は名乗っていますが、三井氏は旧姓・小島であり、お母様の小島静子氏も旧姓・脇本ですので、常識的に考えて「新渡戸十次郎嫡孫」という表現は当たらないものと思います。三井氏の四世代前が十次郎の娘・はつで、花巻の別系・新渡戸常紹家の宗助(父・権之助が傳の三男で常紹の養子となった)に嫁いでおり、血筋的なつながりがあることから、この様な紛らわしい表現をされているのかと思います。
しかし、「新渡戸十次郎五代目」を名乗って十和田新渡戸家を中傷する記事を『歴史フォーラム』に掲載され、「十次郎嫡孫」とも称していることから、「新渡戸家の本家の人が、何か原本資料の根拠を持って書いているのではないか」と誤解する人も出ています。そのため、新渡戸記念館の廃館取り壊し問題にまで影響を与え、紛らわしい表現による迷惑行為となっています。

【3】『歴史フォーラム』三井偉代氏原稿による十和田新渡戸家の先祖への中傷行為

①新渡戸文庫(記念館)の公益財団法人化に関して

新渡戸記念館は、大正14年(1925年)新渡戸稲造博士が、従弟の太田常利(新渡戸わかの次男)新渡戸訓(わかの三男、十和田新渡戸家を継ぐ)と協力して、三本木(現十和田市)の太素塚(新渡戸傳の墓所)に設立した新渡戸文庫を前身としています。その文庫の設立の経緯や継承に関する記録類は新渡戸記念館に残っています。それによると、新渡戸稲造と太田常利は連絡を取り合って文庫のより良いあり方を模索し、財団法人化のために太田常利は県に何度も掛け合い奔走しました。しかし、戦争体制が日増しに高まり、基本財産が足りず厳しい状況がありました。結果的に昭和40年(1925)に新渡戸家と市の協力のもと市立の新渡戸記念館となって、稲造の養女のことさんはじめ一族みな喜んでいました。
しかし、三井氏はその流れを知らないにもかかわらず、根拠もはっきりしない伝聞情報を元に、現在の新渡戸記念館の廃館取り壊し問題と絡めて、あたかも太田常利が不誠実に約束を実行せず、文庫を私物化したかのように書きました。編集委員の方からの情報提供を得て、この原稿の出版前に事実誤認があることを十和田新渡戸家から三井氏に手紙で伝え、三井氏も根拠が明確で無いまま原稿を書いている事を手紙で認めましたが、結局事実関係の確認をしないまま『歴史フォーラム』に掲載、出版しました。

②十和田新渡戸家の家系の継承に関して

新渡戸傳家の本家は、十次郎の長男・七郎が継ぎ、その跡を十次郎の三男・稲造が、七郎の死後養子として継ぎました。しかし、稲造の一子・遠益は夭折し、稲造の甥・孝夫が養子に入り、その後姪の娘のことも稲造の養女となりました。その後の流れが東京加藤家につながっています。
それに対し、十和田新渡戸家の流れは、十次郎の次男・道郎の流れを継ぐ分家で、早逝した道郎の跡に三戸の佐藤良助を死後養子に迎え、傳の娘・新渡戸わか(傳の晩年に授かった娘であるため、戸籍上は十次郎の娘となっている)が良助に嫁ぐ形で継承し、現在に至っています。
それについて、三井氏は、新渡戸わかの弟・三木人が堺家を継いでいることと混同し、「わかもまた堺姓だった」という、事実と全く異なる系図まで作成しました。しかし、新渡戸記念館に残る系図資料、戸籍資料などにも「堺わか」という記述は一切ありません。弟は堺家を継ぎましたが、わかは生まれた時から新渡戸姓です。この件を三井氏に手紙で伝え「堺わか」とする根拠について確認したところ、三井氏自身も原典資料の根拠があって書いているわけでは無く、全くの伝聞情報であることを認めました。

※新渡戸家の系図に関しては『十和田市・三本木原開拓と新渡戸三代の歴史ガイドブック』に掲載がありますので、必要な方は新渡戸記念館までお問合せください。系図や戸籍は個人のプライバシーに関わるものですので、更に詳しい情報が必要な方は以下までお問合せ下さい。

③十和田歴史文化研究会 小笠原理事長が『歴史フォーラム』に関わり、個人を中傷する文書を配付周知した問題について

2018年9月十和田歴史文化研究会 小笠原カオル理事長は、『歴史フォーラム』の出版関係各所に、『新渡戸記念館関係者による「歴史フォーラム」の出版妨害について』と題した文書を配付、周知しました。その文書には、「新渡戸記念館関係者による事前検閲、脅迫、組織破壊、誹謗中傷、組織に入ってのNPO法人の動向調査」があったとして、実名を挙げて個人を中傷する内容がありました。しかし、内容は事実と大きく異なっており、こちらの記録と照らし合わせると、日付、場所、発言者、内容などにおいて、27か所もの明らかに事実と異なる記述と、15か所の不審な記述があり、カオル氏が指摘する様な行為はありませんでした。
この様に、文書に事実でないことを書いて個人を中傷した問題について、小笠原氏宛に真摯な対応をお願いする文書を送りましたが、今もって対応が無く未解決です。さらには、この文書中に、傷つけられた側からの抗議、訂正謝罪申し入れなどを想定して、それらを「一切無視します」と記載している事は、非常に悪質であると思います。

※『新渡戸記念館関係者による「歴史フォーラム」の出版妨害について』の記載内容については、根拠となる記録類を基に「内容精査表」へまとめています。「内容精査表」について確認が必要な方は以下までお問い合わせください。

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